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東京高等裁判所 昭和59年(う)1846号 判決 1985年8月29日

控訴人 検察官

被告人 井口直美

弁護人 筒井健

検察官 氏家弘美

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人から、警視庁目白警察署で保管中の遊技機一九台(昭和五九年東地庁外領第一二一三六号の1、3、5、6、8、10、12、14、16、18、19、21、23、25、43、44、46、48、49、)、押収してある鍵三束(当庁昭和五九年押第六〇一号の7)、鍵八個(同押号の12)、コイン合計一六九個(同押号の10、11、13)、現金合計一七万七〇〇〇円(同押号の1、2、3、4、5、6、9、14)を没収する。

被告人から金一一一万四六二〇円を追徴する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官當別當季正が提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人筒井健が提出した答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  所論は要するに、原判決は

「被告人は、東京都豊島区長崎一丁目五番二号所在ゲーム店「麻雀道場ロン」の経営者であるが、中山和民と共謀の上、昭和五九年三月六日ころから同店に「麻雀ゲーム機」と称する遊技機等一五台乃至一九台を設置し、常習として、同日ころから同年六月二五日までの間、同店において、賭客の鈴木正美らを相手方として、金銭を賭け、右遊技機等を使用してその画面に現われる麻雀牌の組合せ等によつて勝負を争う方法の賭博をしたものである」

という公訴事実に対し、賭博遊技場経営者に対して常習賭博罪を適用するには、個々の賭客との賭博行為の存在を明らかにする必要があるとし、「罪となるべき事実」として

「被告人は、東京都豊島区長崎一丁目五番二号所在遊技場「麻雀道場ロン」の経営者であり、昭和五九年三月六日から同店に「麻雀ゲーム機」と称する遊技機等を設置しこれらを稼働させていたものであるが、常習として、同年六月二五日、同店舗一階部分において、賭客の鈴木正美ほか五名を相手方として、金銭を賭け、右「麻雀ゲーム機」を使用してその画面に現われる麻雀牌の組合せ等によつて勝負を争う方法の賭博をしたものである」 旨、右の点が明らかな範囲に縮少して常習賭博罪の成立を認定したにとどまり、また、没収・追徴も右の範囲に限定しているが、本件のように店舗を構えて多数の遊技機を設置し、これを用いて、一定期間不特定多数の賭客を相手に営業的に賭博を行つた場合には、必らずしも個々の賭博行為を明らかにする必要はなく、全体として一個の常習賭博罪が成立するものと解すべきであるから、原判決の右事実認定及び没収・追徴についての判示は、事実を誤認し、かつ刑法一八六条一項、一九条一項、一九条の二の解釈・適用を誤つたものであり、それが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

二  そこで、記録及び証拠物を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、本件各証拠によれば、まず本件事案の概要として次のような事実が認められる。  1 被告人は、多額の借金の返済に窮していたところ、「麻雀ゲーム機」を設置して客を相手に賭博を行う店を経営すれば、手つ取り早く金儲けができると考え、原判示貸店舗の一階部分を月額三〇万円の家賃で賃借し、「麻雀ゲーム機」一五台を代金合計二一七万五〇〇〇円で購入して右の一階部分に設置し、従業員として中山和民ら三名を雇い入れ、利得金を預け入れるために国民相互銀行椎名町支店に長男貴史名義の普通預金口座を開設するなどした上、昭和五九年三月六日、「麻雀道場ロン」を開店した。

2 右「麻雀ゲーム機」による賭博の方法は、来店した客において、その遊技機に順次百円硬貨を投入した上、その画面に現われる麻雀牌の組合せ等により勝負を争い、勝つた場合には、従業員を通じ、店内に用意された準備金の中から、その得た点数に応じた額の現金の支払を受けるが、負けた場合には、そのまま投入した百円硬貨を失い、被告人がこれを取得することになるというものである。

3 右「ロン」においては、従業員三名が、一日三交替制で一人ずつ店番として勤務し、両替、換金その他の客へのサービスや売上金の銀行預入れ等の業務に従事し、被告人自身は、店に出て直接客と応待するようなことはなく、遊技機内に投入された現金は、毎朝回収させた上、準備金や必要な支払に充てるべきもの等を除いて、これを前記国民相互銀行椎名町支店の貴史名義の普通預金口座に振込ませていた。

4 右「ロン」は、前同日開店してから同年六月二五日に警察の捜査を受けるまでの間、月三回位の割合で月曜日の午前五時ころから午前九時ころまで閉店したほかは、年中無休、二四時間営業の形で営業を継続したが、その間、各「麻雀ゲーム機」(一五台中一台が故障したため、同年五月ころ以降は一四台を使用)は、客の少ない明け方ころのわずかの時間を除けば電源が入り放しで客が来ればいつでも使用できる状態にあり、遊技機が作動しないため営業できなかつた日はなく、賭客はほとんど毎日来店していた。

5 被告人は、近所に同業の店が開店するうわさを聞き、これに対抗するため、自己の店舗を同じ建物の二階部分にまで拡張しようと考え、新たにその二階部分を賃借し、「麻雀ゲーム機」二台、「競馬ゲーム機」三台を一一〇万円で追加購入して同所に設置し、途中で退職していた前記中山和民を二階部分の店長として改めて採用するなどした上、同年五月三一日から右二階部分においても営業を開始した。右二階部分における賭博の方法は、「麻雀ゲーム機」については一階部分と同じであるが、「競馬ゲーム機」の場合は、客において、現金一〇〇〇円につき一枚の割合でコインを店から受け取つた上、それをその遊技機に投入し、画面に現われるレースの予想を見て勝馬投票をしその的中の如何により勝負を争う(そのほかは「麻雀ゲーム機」に準ずる。)というものである。

6 右の二階部分については、前記中山が、その利益のうち四割を取得するという約定のもとに、店長としてその営業全般を委ねられ、前記五月三一日から翌六月二五日未明に至るまでの間、毎日午前五時ころから翌日午前三時ころまで店を開き、内妻の手伝いを受けながら客の応待に当たつていたが、その間、遊技機が故障したことはなく、また賭客が入らない日もなかつた。そして二階部分の利得金は、五月三一日から六月一四日までは前記井口貴史名義の口座に入金されたが、同月一五日、右中山が巣鴨信用金庫椎名町支店に同人名義の普通預金口座を開設して以降は同口座に入金されていた。

7 同年六月二五日午後、一階部分において「麻雀ゲーム機」で賭博行為をしていた賭客鈴木正美、比佐信及び菅沼一郎の三名が、賭博の現行犯人として、また当時勤務していた赤羽浩治が常習賭博の現行犯人としてそれぞれ逮捕され、かつ各遊技機や現金等が押収されたが、その時点においては、一階部分の遊技機一四台中一二台に、その大部分が同日午前六時ころ以降に賭金として投入されたとみられる合計五万三六〇〇円の現金が在中しており、そのほか、一階部分には、両替用の準備金一四万円及び客への支払等に充てるための資金たる現金三万七五〇〇円が、また二階部分には、両替用の準備金九〇〇〇円及び二階部分における過去三日間の利得金である現金一八万円余り(若干ラーメンの売上代金が混入)が、それぞれ保管されていた。

8 なお、右「ロン」において同年三月六日から六月二五日までの間に本件各遊技機を用いて賭博行為をした賭客は、右の三名のほかに多数存在し、これらの賭博行為により被告人が収めた利益(中山に取得させるべき分を含めて)は、一階部分と二階部分とをあわせると優に一千万円を超えるものであつた(従つて、賭客が賭金として遊技機に投入しあるいはコインと取り替えた現金の額は、右の利益額を更に相当程度上回ることになる。)。

三  ところで、刑法一八六条一項の常習賭博罪は、賭博を反覆する習癖を有する者がその習癖の発現として賭博を行うことによつて成立するものであり、右の規定は、賭博の習癖の発現として賭博を行つた者を加重処罰するものであるから、習癖の発現として数個の賭博が行われた場合には、併合罪加重処罰の必要はなく、これを一回的に処罰すれば足り、通常、その数個の賭博行為が包括的に評価されて常習賭博罪の一罪を構成することになるものと解される。

これを本件についてみると、前記認定のとおり、被告人は、多額の借金の返済に窮したため遊技機賭博により利益をあげることを意図し、三名ないし四名の従業員を雇い、多額の資金を投じて多数の遊技機を設置した遊技場を開設した上、警察に検挙されて営業の遂行が不可能になるまでの三か月余りの間、遊技機賭博を営業として行い、不特定多数の賭客との間で継続的かつ反覆して右遊技機による賭博をし、一千万円を超える利益を得たものであつて、以上の諸事情に照らすと、被告人は、賭博を反覆する習癖を有し、その習癖の発現として右の期間中多数の賭博をしたものというべく、その行為は常習賭博罪を構成することが明らかである(最高裁昭和五四年一〇月二六日決定・刑集三三巻六号六六五頁参照)。

四  そこで、本件における常習賭博罪成立の範囲について検討するに、常習賭博罪においても、処罰の対象となるのは個々の賭博行為であつて、一般の賭博にあつては、個々の賭博行為は、相手方、日時、場所、方法、回数などを特定することにより個別的具体的に認定されるのが通常であるが、本件のような形態で行われる賭博については、遊技場の経営者自身は、賭客が遊技機を用いて個々の賭博行為をするに際しその場に臨んで直接具体的行為をする必要はなく、経営者自身の実行行為として考えられるのは、遊技機を設置し、不特定多数の客がこれを使用できる状態にして営業を継続するだけであつて、あとは、客がその遊技機を使用して賭博行為をすれば、その都度自動的に、経営者がその賭客と賭博をしたという関係が成り立つにすぎないこと、他方、賭客の行うのは、遊技機を用いての定型的でかつ個性のない賭博行為であつて、経営者としては、当初から、不特定多数の賭客によりそのような賭博行為が大量的に継続反覆されることを想定した上、これを対象に営業として賭博をしているものであるから、通常、その賭博行為を個別的に識別することは実際上行われておらず、また営業の性質上その必要性もないことなどの特殊性が存するため、個々の賭博行為のすべてを特定することは実際上必ずしも出来ないのであるから、それにもかかわらず常にその特定を要するとするならば、当該遊技場において一定期間内に遊技機を用いて多数の賭博が行われたことが明らかにされても、そのうち常習賭博罪により処罰し得るものの範囲が不当に狭く限定されるという結果になり、また、このような形態の賭博行為は、所論のようにこれを営業犯と解することの当否は暫らく措くとしても、事実上営業犯的側面を有することを否定できないものであるから、包括一罪、特に営業犯の法理に照らし、当該包括一罪を構成する個々の行為は必ずしも特定される必要がなく、その全体が明確にされれば、あとはある程度概括的な事実の特定の仕方をすることも許されるものと解されることなどを考慮すると、最小限度、遊技機を設置した場所、遊技機の種類、賭博の態様、営業継続期間が特定され、かつその期間中に多数の賭客が右の遊技機を使用して賭博をした事実が明らかにされれば、それ以上に個々の賭博行為について個々の賭客ごとにその存在や内容が明らかにされなくとも、右の範囲におけるすべての賭博行為についてこれを包括した一個の常習賭博罪が成立するものと解するのが相当である。

なお、原判決は、個々の賭博行為が特定されることが必要である理由として、賭博罪の保護対象が公益ばかりでなく、個人的な面にも及んでいることを挙げているけれども、国民一般の健全な経済観念、勤労観念を保護することが賭博罪の規定の趣旨であり、賭博罪が自己又は他人の財産を危険に陥れるという財産犯的側面をも有するとしても、それはあくまでも従的、副次的なものであつて、その本質は公共的犯罪であり、個人を保護することを主眼とする趣旨のものではないから、右を以つて、常習賭博罪において個々の賭客の存在を明らかにすることが必要不可欠であるとする理由となすには足りないものと考える。

そうすると、本件においては、公訴事実(前記最小限度明らかにすべき事項はすべて網羅され、かつその立証も十分になされているものと認められる。)に対応する被告人の行為、すなわち、前記「ロン」で営業を継続していた期間中、その遊技機を用いて行われた賭博行為の中には、個別的に特定することの出来ないものが多数存在するけれども、それらを含め、被告人の右賭博行為全部について、包括一罪たる常習賭博罪が成立するものと認定すべきことになる。

五  以上のとおりであるから、原判決が、包括一罪として起訴された本件公訴事実のうち、個々の賭博行為の存在が明らかなのは昭和五九年六月二五日に一階部分で賭博をした鈴木正美ほか五名についてにすぎないとして、その範囲でのみ常習賭博罪の成立を認定したのは、事実を誤認し、かつ刑法一八六条一項の解釈・適用を誤つたものといわなければならず、それが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり原判決は破棄を免れない。

よつて、控訴趣意中その他の論旨(没収及び追徴に関するもの)に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、当裁判所において更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五九年三月六日から同年六月二五日までの間、東京都豊島区長崎一丁目五番二号に店舗を設けて遊技場「麻雀道場ロン」を経営していたものであるが、中山和民と共謀の上、右の期間中、常習として、同店一階部分に「麻雀ゲーム機」一五台(ただし、そのうちの一台は同年五月ころに撤去)を設置し、更に同年五月三一日からは同店二階部分にも「麻雀ゲーム機」二台及び「競馬ゲーム機」三台を設置し、鈴木正美ほか不特定多数の賭客を相手方として多数回にわたり、それぞれ、金銭を賭け、これらの遊技機を使用し、「麻雀ゲーム機」の場合はその画面に現われる麻雀牌の組合せ等により、また「競馬ゲーム機」の場合は客が画面に現われるレース予想を見てする勝馬投票の的中の如何により勝負を争う方法で、賭博をしたものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為は包括して刑法六〇条、一八六条一項に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、犯情を考慮し、刑法二五条一項によりこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

次に、主文第四項掲記の遊技機一九台は判示犯行に供した物、同項掲記の鍵三束及び鍵八個は右遊技機の従物、同項掲記のコイン合計一六九個は判示犯行に供し又は供せんとした物、同項掲記の現金のうち当庁昭和五九年押第六〇一号の9及び14の合計一四万九〇〇〇円は判示犯行に供せんとした両替用の準備金であり、いずれも被告人以外の者の所有に属しないから、刑法一九条一項二号二項により、同項掲記の現金のうち同押号の1ないし6の合計二万八〇〇〇円は、判示犯行に際し賭客が本件遊技機(四ないし九号機)に投入した物で被告人が判示犯行により得た賭金であり、被告人以外の者の所有に属しないから、同法一九条一項三号二項によりそれぞれ被告人から没収し、被告人が判示犯行により得た賭金のうちその他の本件遊技機(二号機及び一一ないし一四号機)に在中した現金合計一万八六〇〇円は、そのほかにいわゆるサービス金などとして従業員が投入した現金(合計五、五〇〇円)が混在する状態で合計二万四一〇〇円が領置されていて、その区別が不可能であり、また、被告人は、本件賭博により以上のほか合計一千万円以上の賭金たる現金を利得しているが現存しないため、いずれも没収することができないので、刑法一九条の二、一九条一項三号二項により、右の現金一万八六〇〇円及び利得金のうち一〇九万六〇二〇円(追徴額は検察官の求刑額に止める。)、合計一一一万四六二〇円について、その価額を被告人から追徴することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐々木史朗 裁判官 田村承三 裁判官 本郷元)

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